中山七里著 『さよならドビュッシー』

中山七里著 『さよならドビュッシー』

祖父と、自分と同い年の従姉妹とともに

留守番していた離れで、深夜に火災が発生。

火元は、祖父が熱中しているプラモデルのための工房。

作りかけのプラモデルは元より

塗装仕上げのための塗料やシンナーなど

可燃物が満載なので火の周りが早く

祖父と従姉妹は焼死。

かろうじて一命を取り留めた本人も

全身の大火傷のため

肉体の三分の一余りを皮膚移植しなければならなかった。

生き残った少女はピアニスト志望。

こんな身体でピアニストなんて

と絶望しているところに追い討ちが。

資産家の祖父が遺した遺産は、総額12億余り。

その半分を、孫である少女に

「その音楽教育や音楽活動に限り供与する」

という条件付きで信託財産として遺したのだ。

その年の四月に、推薦入学の決まっていた

地元の音楽高校に特待生として入学したのだが

初心者の練習曲であるブルグミュラーの

「アラベスク」すら弾くことができない。

それまで彼女を指導していた先生は

最初からやる気ゼロ。

「まだピアノを続けるつもりなの?」

と言わんばかりの態度を取る中

たまたま居合わせていたピアニスト“ 岬洋介 ”の

魔法のような指導を受けて

ついにはピアノコンクールで優勝するまでに…。


これだけで充分感動的な物語ですが

これにミステリの要素が絡んでくる。

松葉杖を使う事を余儀なくされた少女に

致命的なケガを負わせるような細工が施されたり

母親が神社の急な階段を転げ落ちて死んでしまったり。

となると、祖父が焼け死んだ火事も放火じゃないのか

と刑事までしゃしゃり出てくる。

爺さん、なにしろ資産家ですし

二人の息子を差し置いて孫に遺産の半分を

なんて遺書まで遺されちゃ、家族の間もギクシャクしてくる。

最後には、アッと驚く大どんでん返しも用意されて

読み応え充分でした。

この本は、著者、中山七里の処女作にして

第8回 『このミステリーが凄い!』 大賞受賞作。

う~ん、なるほど!と頷けるストーリーですが

それにも増して気に入ったのは

全身火傷の少女を開花させた“ 岬マジック ”

前述の 『アラベスク』

でボロボロになった少女に与えた最初のアドバイス。

椅子の高さを五センチほど下げただけで

魔法のように指が動き出す!

ちょっと本分から引用します。

「みんな、よく勘違いするんだよ。
鍵盤をしっかり打とうとするあまり、
つい指先に体重が掛かるよう座席を高くしてしまう。
でも鍵盤の重さなんてたかだか七〇グラムだ。
そんな指圧みたいな力は要らない。
座る位置を低くすれば自然に背筋は垂直になり、
腕にかかる体重は減衰する。
指先に力を込めるよりは筋肉を伸ばして
戒めから解き放ってやることを考える方が大切なんだ」


19世紀後半に開発された重い鍵盤のピアノ

に対して考案された奏法が未だに支持されて

短期間で演奏技術を高められるという利点の陰に隠れて

流れるような音色の醸し出す芸術性が

置き去りにされてしまった、と。

椅子を下げるだけなんだから、早速試してみなくっちゃ。電球

もうひとつ忘れちゃならないのは

音楽描写の素晴らしさ。

チャリティーコンサートで岬先生が演奏した

ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第五番〈皇帝〉」

コンクール予選で演奏される

ショパンの「エチュード10の2と4」
「エチュード10の5〈黒鍵〉、10の12〈革命〉」

コンクール本選で演奏される

リストの「パガニーニによる大練習曲第3番〈ラ・カンパネラ〉」

書名に掲げられたドビュッシーの「月の光」、「アラベスク第1番」

文章を読むだけで、ピアノが鳴り響き

鍵盤を迸る指が映像となって現れ

演奏者の息遣いまで聴こえてくるようです。

これらのシーンを読むときは

それぞれの曲をBGMにすることを、強くお勧めします!!

追伸

NHK-FMで放送されている

「きらクラ」という緩~いクラシック番組がありますが

ここに作者である中山七里氏がゲスト出演されました。

何と、ビックリ!びっくり

七里氏は男性でした!!

音楽描写の細やかさから

私は女流作家だと思い込んでいましたのに…。

さらにさらに、これほどの作品を書けるからには

さぞやクラシックに造詣が深いのだろう

と思っていた事も裏切られました。

クラシックは好きではなく殆ど聴いたこともない、と!

演奏者の息遣いまで聞こえてきそうな迫真の描写は

すべてDVDによるものだとか。

その映像を見ながら

(ここはこんな風に弾いてんだろうなぁ)

と想像して書いたそうです。

ま、それはそれで(別の意味で)凄いこととは思いますが

ガッカリとビックリが半々、というのが正直な気持ちです。

聴かなきゃ良かった、カナ?


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